●見ユトハ見エジ●

 

夜更け過ぎ。フィオレンティーナの部屋にひょっこりとドワーフが現れた。
「フィオ、いいかな?」
「マルロ、あのね、私も話があったのです」
セトのこと、リズのこと、過去の世界のこと。お互いの話が噛み合って、ただの夢物語ではないことを確信する。
「じゃあ、やっぱりリズは過去からコールドスリープ的にこの世界に来た、ってことになるんだな」
セトとの約束を思い出す。マルロはリズから刻印というものを受け取らねばならない。彼女に気づかれずにどうにか方法を考えるか、あるいは全部話して移植するかしなければならないだろう。
フィオにしても、何故あんな夢を見ることができたのか、そもそも夢だったのか、誰かが見せた記憶なのか、気になることが多々ある。
どちらにせよ、リズの友として、家族として、今後どう接していくか考えなければならない局面に立たされていた。

 

 

(あの力はなんだったのだろう)
力を振るったとき、アロエベラの右の拳はあの忌まわしき日の炎のように燃えていた。
刻まれた刻印は今は静かに右の手首に収まっている。
『力を……我を、求めよ……』
突然脳裏に低く重い声が響いた。
(なんだ!?……誰だ……!!!)
心臓がバクバクする。呼吸が荒くなる。息苦しい。
しばらくベッドでのた打ち回ると、発作はどうにか治まった。
(くそ、なんなんだ)
セトが言っていた"理性で勝て"という言葉。
……この先、どうなってしまうのだろうか。漠然とした不安が彼の中によぎった。

 

 

一人ベッドに寝転んで宙を仰ぎ、空に向かって拳を突き出す。
(なにが勇者だ!何が力だ!覇者は私だ!!私がやり遂げるのだ!)
胸のペンダントは虹色に鈍く光を放っている。
ユリカ・ユリリエスト。少女の掴み取るべきものが、果たしてなんであるのか、彼女自身もまだこのとき知る由もなかった。

 

 

……王子様、やっぱりお嫁さんはたくさん居るのかな……。
そんな漠然とした思いでモヤモヤする。どうせなら、一途に自分だけを見てくれる人が良い。けれど、あの人は初めて唇を奪った相手だ。
恋心とは少し違うのかもしれない。ただ、彼のことを考えてクリスタルを見ると光が濁って見えるような気がするのだ。
シェイラさんは、王子様が女好きだといっていたけれど……どんなに優雅で女性をはべらせた生活をしていても、悲しげな色のビジョンしか見えないのだ。
少女エスメレーは彼の本性について考えるのだった。

 

 

「……ん…」
気だるい、もったりとした空気が流れている。
男は女を掻き抱き、女の吐息と男の憤った息遣いが部屋に響いていたのはつい先程。
離れの部屋に二人して追いやられた。
おかげで子供らに悪影響を与えずにすむのは助かるが、大人たちに変に気を使われている気がしてならない。
もっとも男の方はいつもの通り、全くそんなことは気にも留めていない。
王子に抱かれて以来、政府からの干渉が完全に途絶えていた。王子はそれを「解放してやった」と言っている。
……王子にはまだ何か不思議な力があるのだろうか?
シェイラはそんなことをぼんやりと考えながら、まどろみに包まれるのだった。

 

 

―――コンコン。
ドアをノックすると、部屋の中へと通された。
「すみません、こんな夜中に女性の部屋を訪ねるのは不謹慎だと思ったのですが、他の人には聞かれたくなかったので……」
「気にしないで。でも相談なら私よりフィオのほうが適任だと思うけど」
フェルがリズの部屋を訪れたのは何も相談があったからではない。強いて言えば、お願いだ。
「あの……先生はあの……悪魔たちをつくったのですよね?」
夕食時の様子から、聞かれるだろうとは思っていたらしく、リズのほうも腹を決めたように話し出した。
「彼らの遺電子を、人以外にも取り込めるような研究をしていたのは確かだけれど、あくまでその遺電子を使って病的な細胞を消せる可能性があったからであって、あんな使い方をするためでは……」
「あ、すみません。違うんです。悪魔っていうのは……その、どちらかといえば僕のほうで」
象の遺電子をもつ少年はこれまでの経緯を話した。導師が、皆が、母が死んでしまったこと。自分も一緒に行きたかったが残ってしまったこと。
「けど、もし生き残ったことに意味があるのなら。生き延びて、他の人々を守りたいって、そう思うんです」
「……そう。逃げるのをやめたんだね、勇気あることだと思う」
その受け答えに、どこか自虐的な、感傷的な、そんな印象を目の前の女性に受けた。
それも気にはなったのだが、今は自分が前に進む為に、目的を果たすことにする。
「人から、遺電子を【取り除く】ことはできるんですか? ……悪魔は、人に戻ることは、できるんですか?」
「遺電子は生体にとけこんでしまうから、完全に取り出すということは不可能だけれど……でも」
「でも?」
「一応上書きすることは可能。ただ、その組み合わせによっては、副作用がでることもあるから、安全だとは言い切れない」
キメラの元となった研究も、その副作用をできるだけつぶす為のデータ取りが元だったらしい。
「そう、ですか……」
組み合わせによっては、ということは安全な組み合わせもすでに存在しているのかもしれない。どうするかは、後々決めれば良い。
「ねえ、あの子達……苦しんでた?」
リズがポツリとつぶやいている。
「キメラのこと……ですよね?だいぶ暴れてましたけど……倒れたときは一瞬でした」
嘘を言っても仕方がない。すでに遺体を見てしまっているので隠しようもないのだ。
「多分ね、君が仲間を思っているのと同じ。私にとっては、彼らは研究対象でもあるけれど、大事な家族でね」
それはマルロからも聞いていた。彼女は研究することはあっても決してその生物たちを故意に殺したりはしない。あくまで助ける為に、生物たちに一緒に研究してもらっているのだと。
「あんな強引な融合をしていたら、それは暴れるよね……わたしがもっとしっかりしてれば……」
多分、この人と自分は似ているのかもしれない。
「すみません、気絶にとどめられたら助けられたかもしれないのに」
「ううん、みんなの命も大事だから。それにあの状態じゃ、今の私の能力では分離も完全な融合も無理だし……止めてくれてありがとう」
この人が、勇者だというのは確かに不憫だと思った。きっとこの人は優しすぎるのだ。
「ごめんなさい。なんだか、私のほうが気を使わせたね。君が優しい子で安心した」
「いえ、こちらこそ、いろいろすみませんでした」
丁寧に礼を述べて、部屋を後にした。少し……自分の考えも整理しようと思う。

 

 

ひとまず、部屋で待機させていたアンドロイドのことで、リズに相談をした。
さすがにいかにもロボット的な格好では、皆に溶け込みにくいのではないか。アンドロイドの少女は年齢的にはフィオレンティーナのほうが近いとは思ったのだが、イクス・スカイフォールという三十路の男はなんとなく、個人的にリズのほうが話しかけやすい気がしたのだ。
女史の答えはここはどうやら、政府の管轄のシェルターのようだから格納庫から救援物資の服くらいはあるかもしれないと、そういうことだった。
擬似IDにフィルターをかける厳重ぶりでシェルター内の格納庫を開く。
誰かの古着だったのだろう、大人しい感じの質素な女性の服が一着だけ発見された。
それを二人で綺麗に洗っていたところをバーナードに見つかり、状況を白状するとこれが意外に教授が乗り気で、ロングスカートにバラのコサージュをつけたり、ブラウスに刺繍をしたりとまさかの才能を見せ付けた。
「……バーナード教授、随分と器用なんだな。独り身の強さか?」
あまりの出来栄えにイクスは開いた口が塞がらない。
「いや、料理も家事もメイドロボに任せきりでしてな。唯一、本の修繕のために裁縫が必要だったので、ついつい極めた結果がこれなのだよ」
「……」
「リズ、どうした?」
自信満々の教授の後ろで絶句しているリズに問うと、彼女は恥ずかしそうに家事も炊事も一切できないことを白状した。
確かに、思い起こしてみれば二人で洗いに来たものの、ほとんど作業しているのはイクスのほうだった。
「女として生活したことなんてなかったから……」
今は生活のほとんどの部分をフィオレンティーナがやってしまっているので余計に身につかないようだ。
「まあ、研究者には良くあることだ。これから頑張ればいくらでも身につくだろう。それに、イクス君も今からそのロボに頼りきりになると、後が大変だぞ」
人生の先輩にたしなめられて、イクスたちは肩身を狭めている。
「まあ、二人ともまだ若いんだ、頑張りたまえ」
そんな二人をバーナードはほほえましく見つめていた。

 

 

夜食後。シェルターから出てくる二つの影。
ことの始まりはこうだ。
「ねーねー。お願い!すっごい力持ちなんでしょー?その力、見せて欲しいなあ~」
「HAHAHAHAHAHA!任せたまえ!!」
なんということはない。スズカがヒーローをそそのかしたのだ。
キメラを回収に行き、ヒーローに運んでもらった、それだけのことではある。
解体して往復しても良かったのだが、いかんせん目印がほぼないに等しいのでそもそも一人でこれないのならばちゃっかり運んでもらってしまったほうが早いと思ったのである。
無事に帰還し、スズカのその解体ショーの技には、さすがのヒーローも目を見張った。
「なかなか良い技だ。鋭さと素早さを兼ね備えた、流線美だ!」
そしてやはりというべきか、始祖鳥と同じようにチップが見つかったのである。
「どしよー?筋肉さんはいらないよねー?これ」
「うむ、それより一番良いプロテインを頼む」
絶妙な配合でプロテインを作りヨーグルトを隠し味に加えてやった。チップはまた、誰かに渡せばいいだろう。
「お、うまいな、これ」
気に入ってもらえたようだ。やはり、自分で食べるのも好きだが、こうやっておいしそうに食べてもらえるのは嬉しい。
「ヒーローたるもの、栄養にも気を使わねばいざと言うとき戦えないからな」
スーパー・ヒーローの歯は、ヨーグルトよりもはるかに白く輝いていた。