●崩壊ノ後●

 

 <<多分2656年8の月、……?>>

 

劈くような轟音の後、世界は崩壊した。

フェルディナント・エレファント、通称フェルは『純粋な人間が集まっている集落』で生まれ育った。
周囲の人間は、勿論遺電子を埋め込まない『純粋種』ばかりで、フェルもその例外ではない。
そしてその中でも『純粋種である人間こそが神の忠実なる信徒として崇拝されるべきであり、遺電子は悪魔である』という教えのカルト教団の中心で育ってしまった為、彼は純粋種を妄信している。
彼らは元々地下に集落を作っていた為、難を逃れた。地下に拠点があることで、それ自体がシェルターの役割を果たしていたのである。

フェルは妄信する彼らを護るために、崩壊前に自ら進んで『悪魔』となった。"強そうだから"という理由で、象の獣人にした。……つまりは……純粋な人間を捨て、遺電子を組み込んでいる。
もっとも、それが破格で一番安かったから、という理由もあったのだが。小さな少年は、仲間を守ろうと決めたその日から2mを超える巨体の戦士になった。
導師と母親は、そんなフェルを悲しげな瞳で見つめ……
「すまない、純粋種を護るためには戦士が必要なのだ。誰かがやらねばならぬこと。たとえそれが悪魔の力であろうとも……」
そういって、頭を下げていたのを思い出す。

それから、すでに2ヶ月ほどが経過しようとしている。
導師が、何者かに暗殺されたのはそんなある夜だった。
彼が夜になると"希望の間"で一人静かに祈りを捧げていることはこの集落の誰しもが知っていることだ。
(守れなかった……。)
フェルは手に入れた『悪魔』の力が逆に不幸を招いたのではないかと疑心暗鬼になる。
それを肯定するかのように、町の人々はフェルを町外れの独房に入れるよう訴えだしたのである。
だが、教団の大人は皆優しかった。
お前のせいではない、お前は皆のためにその力を手に入れたのだから自信をもて、と励ましてくれた。
だから……一旦は気を持ち直したのだ。暴動を収める為、止むを得ず独房に入ることを是とした。もちろん、導師を死に追いやったのは自分ではないが、それでもこの町の人々が分裂するのは嫌だったから。
一人ぽつんと、狭く静かな密室で、灰色の壁の高い場所にある覗き窓ごしに空をぼんやりと見つめる。
星は……雲に隠れて見えない。明日は、雨になりそうだ。ごろりと硬い寝どころに転がり込むと薄い毛布に包まって目を硬く閉じる。
(早く、誤解が解けて……犯人が捕まりますように)

しかし彼の願いも空しく、運命は希望を打ち砕いた。
ドアの鍵は開いていた。何事だろうかとおそるおそるドアをあけ、廊下を覗き込む。
守衛役がどす黒い赤にまみれて倒れていた。息は……ない。
なんともいえぬ、重い空気。背筋を、嫌な汗が流れていくのを感じた。
フェルは走った。皆!母さん!!
そんな願いは空しく、今はただただ雨が地面を打ちつける音だけが耳を掠めている。
彼以外の、この町のすべての『人間』が躯となっていたのである。
「……そんな……どうして、ですか……やっぱり僕は悪魔だから……そちらの世界にはいけないのですか……」
少年はこれを神の成した『救済』だと思っている。皆は、悪魔である自分を置いて新たな神の世界へと旅立ったのだと。
導師の一件だけなら、まだ普通の精神に戻れたかもしれない。けれど、あまりの出来事に……そうでも考えなければ彼は壊れてしまっていただろう。
けれど、心のどこかで『悪魔』の力を手に入れたにも関わらず誰も守れなかった現実に引け目を感じてもいるのだ。
だからフェルは"まだ見ぬ誰か"を護るために、当てもなく歩き始めた。
そうしなければ。
罪滅ぼしをしないまま死ぬのは、もっとも卑怯だと感じたから。

 

 

小さいながらも王家の避難場所というのは、案外に点在しているのだと改めて知る。なぜか光と共に廃墟に放り出されて気がつけば王子と二人、少ない食料を求めて王家用の小さなシェルターを転々としてきたのだ
「この生活をしてもう何日になるのだろうか……」
独り言としてぼやいたつもりが、隣で寝ているとばかり思っていた男にはしっかりと聞かれていたようだ。
「……まだ1年は経っていないだろうな。家でも恋しくなったのか?」
「!?……まさか。あそこに帰るくらいなら死んだほうが……んん!!」
そこまで言いかけて唇を塞がれる。
「ッ王子!!いつまでここに居るおつもりですか!」
なんとかそれを引き剥がして、抗議の目を向けるが相手は全く気にしない様子でくくく、と笑う。
「さて。どこにいようと王が死なぬ限りは何も変わらんな。いや、死んだかもしれんが」
現在の王は、彼の親ではない。少しばかり、その話をしようか。

私の名はシェイラ・アスコート。
極貧の家に生まれ、子供の頃に奴隷として"はした金"でとある貴族の夫婦に買われた。堕落した彼らの生活の為の金を稼ぐのが私の仕事だった。その為なら犯罪まがいや娼婦寸前のことまでやらされた。
それが嫌で士官学校に入った。闇の仕事をしているときに政府の人間に雇われてその流れで学費を出して貰ったのもあった。
ただ死ぬだけならいつでもできる。でもせめて自分を売った親も、義理の両親もいつか見返してやろうとずっと思っていたのだ。
男ばかりの学校での実技はやはり身体能力差があり、そこそこまでしか取れなかったが、座学だけは主席だったので運よく近衛銃士隊に記録士として配属する事ができた。義父たちは、金さえ入れば何でもいいと特に関心は持たなかった。
お世辞にもいい環境だとはいえない職場だった。
実際のところ、男兵士たちの欲求の餌役として都合よく入れられたようなものだ。事こそないが、裸のまま檻に入れられ見世物にされたり……それ以上はあまり言いたくない。とにかく、記録係や兵士とは名ばかりで、あまりそれまでと変わることはなかったのだ。
ところがある日、たまたま通りかかった第二王子……リゼルヴァ・サイドスター・ローゼンクランの目に留まり、彼に助けられることとなる。
彼の……側室の一人として、召し上げられることになったのだ。
それまでの生活が、一転した。自分を蔑むようにしか見なかった義父たちは目を輝かせ、子供でも産もうものなら王族と親族になれるとはしゃぎ、私を敬うようになった。
兵舎の男たちも、恭しく頭を下げ、媚びるようになった。
王子には……それがたまらなく愉しかったようだ。体裁として私を抱きはしたが、正直側室もたくさん居るしとても本気だとは思えなかった。ただそれでも、事の時は「お前を解放してやろう」、と一心に愛してはくれるのだ。
だから……どちらかといえば、認めたくないが自分のほうがそれにおぼれてしまっている節がある。
私を玩具としているのだとしても……時折する寂しそうな瞳に気がついてしまうと放っておけなくなってしまったのだ。
寂しいのか?と聞いたことがある。
「お前が寂しいのだろう?」
それに対して彼はそう返してきた。
「つまらぬ世界なら俺が変えてやろう。俺は、かの勇者リゼルヴァの生まれ変わり。そして世界の王となる者、世界は我が眷属で満たされる。だから、俺の子を産め」
彼は、事あるごとに"俺の子を産め"という。子孫を残すことに、相当な執着をもっている。
側室が多いこともそれに関係しているのだろう。
ただ、彼は今現在は第二王子で……このままでは王位を継ぐのは第一王子なのだ。だから、彼の言う"世界の王"になることは不可能なのである。
齢だけならば彼のほうが第一王子よりも上なのだが……。
彼がまだ王妃の腹にいるうちに、前国王が逝去した。病死といわれているが、実際は後を継いだ従兄弟と王妃ができていて謀殺したのではないかと一部の兵士の間では囁かれていた。
結局その噂は闇に葬られたが、王妃は従兄弟と再婚をし、結果的にその前王の従兄弟が王となった。
リゼルヴァ王子はその後に産まれたが、1年して即、現王との子が生まれたため、第二王子に格下げとなる事が決定された。
だが、それに関して彼は悲観はしていない。何度か殺されかけたという話も本人から聞かされたが、それすらも笑い話にしているほどに。
そうできるのには理由がある。彼はどんな大怪我をしようとすぐ再生する。もっと言えば、銃で心臓を撃たれる致命傷であっても復活する。

……王子はおそらく不死身なのだ。
私は政府の刺客として、この危険な男を殺す為に派遣された『暗殺者』のはずだったのだ。彼の再生能力を知ったのも、私が実際に心臓を撃ったからに他ならない。
刺客だと知って尚、この男は面白がってその事実を公表することなく私を傍に置いているのでずっと困惑もしている。
なぜか、王子と閨を共にしてから、政府の監視の目がぱたりと途絶えたことも気になっている。

とにもかくにも、この事態におかしな王子と共に行動をすることになったのだが、のんきというか、楽天家というか、とにかくマイペースなので振り回されっぱなしなのである。
彼は不敵に笑っている。
「地獄に戻りたいのなら勝手にもどって構わんぞ。去るものは追わぬ主義だ。だがお前が世界を切り開くことを望むのならば俺について来い」

この後、二人は大きな民間用シェルターにたどり着くことになるのである。

 

 

何かの任務でここへ来たはずだ。それは思い出せる。
自分がローゼンクランの憲兵であり、主に市民救護をしていたことも頭の片隅にはある。この赤黒の軍服がそれを物語っている。
だが、仲間のことも、上司のことも、更にはそれ以前の自分の過去もわからなくなっていた。

先ほど突然、耳鳴りがして頭に激痛が走ったかと思うとこの状態になっていた。
ここは……多分シェルターだろう。誰かの捜索にでも来たのだろうか?それにしても……異様に広い。辺りを見回しながら歩き、そして何かにつまづいた。
「これは……」
おそらく普段の救護活動の経験がものを言った。こういうときの感は当たる。
部屋の隅の少しめくれ上がった床をはがそうとツールを呼び出すが……応答しない。止むを得ず、さっき見つけた倉庫からアナログ式の工具を幾つか持ち出して床と格闘する。
「……よし!開いた」
床下は狭い階段になっていて、先の方には明かりが見えた。辺りを警戒しつつゆっくりと降りていくと、部屋へと繋がっているようだ。
部屋には……金髪の女性らしき影が壁にもたれかかって座り込んでいるのが見えた。
「おい、生きているか!?」
閉鎖された空間で、生きているほうがおかしいのだが、業務上の確認なので仕方がない。そうして彼女が、アンドロイドらしきことを悟る。
「エネルギー切れで稼動しなくなったってところか……」
この世界の手伝いロボットなどは人から電子を供給されて動くので、おそらくこの動かないアンドロイドはここにしまわれたと考えるのが妥当だろう。
しかし、見た事のない型だ。動くのだろうか?型番がわかればマニュアルを呼び出せるかもしれないと思い、どこかに記載がないか調べると腕の側面にEL-02AZと書いてあるのが見つかった。
「ELってことは……エレレート社製か」
自分の記憶も飛んでいるのに、そんなことは覚えているらしい。
―――ピッ
突然宙にウィンドウが表示された。
「……パスワード?」
どうやら彼女の起動パスワードのようだ。だが生憎とそんな暗号は持っていないし、大事にしまっているものを安易に動かしていいものか悩んでしまう。
だが、その悩みはすぐに切り替えることとなった。
おそらくウィンドウと連携していたのだろう。しばらくして入力がなかったことでエラー画面が出ると奥の壁が開き、中から10匹もの黒い獣らしきものが現れた。
「セキュリティか?こいつらに罪はないが……外に出すわけにも行かないな」
帯剣していたのは幸いだった。一振りを鞘ごと構えると、囲まれないよう壁を背に獣と対峙する。先ほどの様子だと、おそらく遺電子の能力は使えないだろう。
次々と襲い掛かってくる獣達に確実に打撃を与えていくが、相手はひるむ様子もなく跳ね飛ばされては再び牙を剥いて飛び掛って来る。
「くそ!!こいつら体力って概念がないのか!?」
並の獣ならみぞおちにきっちり一発お見舞いしてやれば気絶くらいはするだろう。だがこいつらは明らかに様子がおかしい。
(強化生物……???)
人間以外の生物への遺伝子の投与は禁止されているはずだ。もしや、自分はこれを調べにここへよこされたのだろうか?そんな思いが頭をよぎる。
止むを得ないか。距離をとって一度剣を脇へと戻し、今度は二刀流で鞘から刀身を引き抜く。
―――キィィィィィン!!
耳鳴りのような音が再びしたが先ほどのような激痛はなく、ただ剣が青白い光に包まれていた。
「……!?」
刀身はまるで一対の翼のように光を携え、それと同時に溢れる力を感じた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
そしてその力に応えるように両の剣を振るうと黒い獣達は収束し……1匹の黒豹になっていた。黒豹は大人しくアンドロイドに付き従っている。
―――ピピッ
再びウィンドウが現れる。
『認証完了』
いぶかしげにアンドロイドの方を見やると、彼女はユックリと瞼を開き、そろそろと立ち上がって一言告げた。
「よろしくお願いいたします、マスター」
「よろしくといわれても……」
あの獣は所有者の認証テストかなにかだったのだろうか。考えても答えは出そうもないし、彼女をここに放っておく訳にもいかないのでひとまずは連れて行くことにした。
そうして再び階段を上がると、こじあけた穴の上で二人組がこちらを伺っているのが見えた。すでに気づかれているので娘を後ろ手に守り、止むを得ず警戒しながら問う。
「……何者だ」
「この世界の勇者サマ、リゼルヴァとその従者だ」
あざ笑うような挑発的な自己紹介だった。そこにはガタイのいいボサボサの長髪の男と、浅黒い肌の銀髪の女が立っている。こうも堂々と自己紹介されては出て行かないわけにも行かない。階段をユックリと上り、廊下へと出た。
「……なんだ、貴様イクスではないか」
相手は自分を知っているようなのだが、さて、全く思い出すことができない。
「リゼルヴァ様はご存知で?」
女が尋ねると男は愉しそうに女の顔を持ち上げてニヤリとうすら微笑んだ。
「シェイラ、お前と同じ政府の犬だ」
「私は……もはやそんなつもりは!!」
二人のやり取りにさして興味はなかったのだが、自分を知っているとなれば仕方がない。期待せずに相手に問うた。
「すまないが……記憶が欠けているらしくてな。良く思い出せないのだ。俺はイクスという名前なのか?」
「さあ?本名かコードネームか知ったことではないがな。貴様は政府付けでローゼンクランの国家憲兵に任命され王家の騎士団に駐屯していた。目付けだと兵士どもが恐れていたゆえ印象に残っていただけだ」
「貴様、王子になんたる無礼な口のきき方を……!!」
怒る女をリゼルヴァと名乗った男が制したかと思うと、ものすごい力でこちらの首を捕まれた。
「さて。男には興味はないが、お前の連れている玩具に興味がある」
「マスターをお放し頂きましょう」
いつの間にか、アンドロイドの娘がフロアへ上がってきていた。と思うと、男の腕をねじり上げようとしている。
「貴様!!王子に!!」
シェイラがものすごい形相で間に入るが娘も一歩も引く様子がない。
「……大した馬鹿力だ。面白いが……興味が逸れた。放っておけ、シェイラ」
「し、しかしローゼンクランの臣下でありながらこの狼藉は許しがたく……」
男はシェイラを抱き寄せ、くくく、と笑う。
「放っておけと言ったのだ。それにこのシェルターは二人ではいささか広すぎる」
その言葉にシェイラはハッとする。
「まさか。彼らもここに置くつもりなのですか!?」
こちらに構うことなく勝手に話を進めている二人を睨みながら、アンドロイドが言い放った。
「ここは政府管轄の一般用シェルターの筈。ローゼン王家に所有権限はないと記録されていますが」
「ならば尚更だ。好きに使えばいい」
彼女の言葉を全く気にする様子もなく二人は部屋を出て行った。
あの男の言葉の意味がわかったのは外に出てからだった。辺りは廃墟であり、数時間歩いてみたものの瓦礫と砂しか見当たらない。車両も見当たらなければ道路もない。
現在地も良くわからない。帰るだけならば足跡を辿ればなんとかなりそうだ。止むを得ず、先ほどのシェルターに引き返すしかなくなってしまったのだ。
喉の渇きを感じて携帯していた水を飲むと、アンドロイドの娘がそれをじっと見つめている。
「……飲むか?」
本来ならば彼らには必要のない行為なのだが、彼女の仕草があまりにも人間的でついそんな言葉が口に出てしまった。
「頂きます」
そして、嬉しそうな表情まで浮かべるのだ。どこまで精巧で高機能なのだろうか。二口三口喉を水が通ったところで水筒を返される。
「珍しい?ですか?私は食事もしますし、睡眠もとります」
「そうなのか。……ところで名前はあるのか?」
そういった機能の高性能な生活ロボットは存在しないわけではないが、ごく一部の富裕層の嗜好品だ。彼女もそういった存在なのだろうか?
とりあえずさすがに『お前』だけでは不便を感じたので名前を聞くことにする。
「EL-02AZです」
「それは型番だろう?」
予想通りの展開だった。当然、お約束のごとくこの後に続く言葉も大体推測はついた。
「ならば、マスターがつけて下さい」
こうして、再びシェルターに戻るまでの間、イクス・スカイフォールは彼女の名前で頭を悩ませることとなったのだ。

 

 

「……なんだ?」
「王子が女性に興味を持って諦めるとは思いませんでした」
いかにもいぶかしげな顔をしていたのだろう、シェイラは王子に尋ねられ率直な気持ちを言葉にした。
「あれに子は産めぬ」
なるほど、そういうことかとシェイラは納得こそはした。彼女は見るからにアンドロイドのようだったから。
それにしてもこのシェルターが広いとはいえ『また』ここに彼ら……滞在者を増やすのかということにゲンナリする。この調子で人が増えるたびに王子の悪い癖が出ぬことを祈るばかりだ。
「あ、お戻りになったんですね、王子様、シェイラさん」
二人に気がついた赤茶のショートカットの少女は会釈すると、急ごしらえのリビングで備品を確認している。
リゼルヴァは戻るや否や少女の手を取り、こちらを向かせると……あごを持ち上げて唇を奪った。
「!?」
突然の出来事に気が動転して、少女は何が起きているか理解できていない。ただただ心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けている。
「王子!!まだそのような子供に!!」
シェイラが慌てて王子を引き剥がすが、当のリゼルヴァのほうは余裕の表情を浮かべている。
「なんだ、嫉妬か?」
「HAHAHAHAHA!若いっていいなあ!」
硬そうなソファの横で腹筋をしていた、彫りの深い男が、その様子にまるで空気を読まない発言をしている。
この男と共に、少女はここへやってきたのである。

―――出会いは数週間前。

その日、少女エスメレー・アーチェットは夢を見た。
世界の崩壊とシェルターへ集う人々。そこで光る、胸のクリスタルペンダント。
このペンダントは彼女の母親の形見である。
母親は霊感が強く、よく近所の人々の相談に乗っていた。そうして彼らを助けていた。だが……その力は自分の為には使えなかったらしい。
彼女は殺人事件に巻き込まれ、亡くなってしまったのだ。
それ以来……このペンダントに導かれ何度も助けられてきた。きっと、おどおどしている自分を母が見守ってくれているのだとエスメレーは思っている。
目覚めて尚、ペンダントは光っていた。
机の上に地図をおもむろに開くと、ダウジングの要領でペンダントを手から垂らす。母親がそうしていたように。ゆっくりとペンダントは揺れだし、クリスタルから放たれている光が一段とまばゆく輝いたかと思うと……あたりは砂塵舞う荒野になっていた。
「ここ……どこ……ひっ!!」
大きな牙を持ったあきらかに巨大な虎が、こちらを睨みつけている。足がすくんで動けない。いや、むしろ息を潜めて大人しくするべきか。それより、何故こんなことに!
彼女の思考はぐるぐると回っている。
相手は痺れを切らしたようにエスメレーへと飛び掛った。
(お母さん!!!)
ペンダントを握り締め、ただただ祈るしかできない。
「HAHAHAHAHA!!お嬢さん!私が来たからにはもう大丈夫だ!」
目の前に居たのは、青く光る逆三角の巨体。ぴっちりとしたボディスーツに身を包んだゴリラが、両の腕で牙を受け止めていた。
「筋肉は裏切らなーい!!SEY!!」
「え?」
良くわからないが、ゴリラがまぶしい笑顔をこちらに向けて何かを求めている。
「筋肉は裏切らなーい!続いて!」
「き、筋肉は……うらぎら、ない?」
あまりの押しの強さに、少女は恥ずかしながらもその言葉を口にする。
「よーし、力がみなぎってきたああああ!!」
ゴリラの、どっせーい!という掛け声と共に巨大な虎が宙を舞った。
「ふーむ、まだまだ重さが足りんなあ。これでは修行にもならんなあ。HAHAHAHAHA!!」
虎がのされると共に、ゴリラはガタイのいい金髪の男へと姿を変えた。
「あ、えと、獣人さんだったのですね。ありがとうございます」
目の前の猛獣ショーが現実に戻った。いや、正直な所、夢であって欲しいと思う。少女は彼のパンツ一丁の姿に、少しばかり目のやり場に困って目を泳がせている。
「なんと言うことはない。うーむ、これはやはりプロテイン不足か。娘よ!この辺りにプロテインを取れるところはないだろうか!」
さっきまでゴリラだった男はうるさいまでに真っ白な歯を輝かせた笑顔で、助けるのがさも当たり前といった風に少女の頭をガシガシとなでた。
「えと、その……確証はないんですけど。多分、こちらの方角にいけば……すぐ近くみたいですよ」

そうしてクリスタルに導かれるままに、彼と共にこのシェルターへやってきたというわけだ。
どうもここは軍かなにかの施設らしく、普通の食料のほかにプロテインやバランス携帯食料なども常備されていた。
もっとも、このシェルターには先客がいて、それがローゼンガルドの王子様だったときには驚きもしたのだが、彼らも何かがきっかけで放り出されてここへたどり着いたのだと言っていた。
「ヒーロー!ほこりが立つから、ここの床でトレーニングするのはやめてくれ!」
シェイラが王子のしでかしたことに煮え切らない顔をしているのに対して、金髪のゴリラ男は屈託のない笑顔で応えている。
「シェイラ君も鍛えないか!筋肉はいいぞお!」
「あ、え、えっと!!スッパさんとあとでお掃除しますから。ごめんなさい、シェイラさん」
エスメレーは王子からひとまず解放されたものの、気が動転していて顔を赤らめたままぺこぺことお辞儀をするばかりだ。
ちなみにスッパさんというのはスーパーヒーローの愛称である。本名かどうかは知らないが『長くて呼びにくかろう』と彼自身が"スッパさん"と呼ぶことを提案してきたのだった。
シェイラはあまり乗り気ではないのかヒーローと呼んでいる。
「そ、そういえば、さっき表で拾った子はどうした?」
なんとか空気を変えようと王子の従者兼伴侶殿も割と必死になっているようだ。
「ああ、かんざしの方でしたら、静かな奥のお部屋に寝かせてあります。お怪我はなさそうでよかったです」
おそらく彼らと同じようにここにたどり着いたか、飛ばされてきたのだろう、まだ若い女性が外に倒れていたので王子に気づかれぬうちに運び込んで世話をエスメレーに任せていたのである。
女性という単語を出さないのは、かんざしの娘が王子の毒牙にかからぬようにというシェイラなりの気配りであった。
「他の者たちはどうしている?」
「アロエベラさんは見張り塔の上を自分のお部屋にしたみたいです。少し一人で落ち着きたいって言ってました」
アロエベラはまだここに来て日が浅く、人に会う事も久しぶりすぎて戸惑っているようだった。
彼に限らずここに来たほとんどの人間は、この変わってしまった世界に困惑している。だがそれでも、全くの孤独よりは人数がいたほうが状況打開の為にもいいだろうと判断してここに居るのである。
「あ、あとスズカさんはバーナードさんを連れてキッチンへ行ってるみたいですけど……機材動くんですかね?」
バーナードというのは民俗学を研究しているらしい、やや初老寄りの中年学者のことだ。こういった場所に居ることも割と慣れているらしく、冷静なのが印象的な男だ。彼が料理人のスズカと一緒に居るというのも珍しい。
「プロテインはいいぞお!カップに入れて振るだけだからな!HAHAHAHAHA!」
……どうやらプロテインの確保という名目だけでここに籍を置いている者も居るようだ。

 

 

それなりの広さの、それなりの調理場。
学者はこの地で捕ったという謎の鳥らしきものを調べている。
素の人間である彼には検索やツールの機能こそ制限されているが、幸い自身の持つ書籍には過去の知識が豊富に詰まっていた。
「これはお嬢さんが捕ったのかね?」
「うんうん、そだよー。突然襲ってきたもんで、ちょっとばかり石を投げて返り討ちにしようと思ったら、ちょーっと当たり所悪かったみたいでねー。えへへ」
黒縁のメガネを掛けなおし、書籍に記入されている始祖鳥のような絵とこの鳥の骨格を交互に見比べる。
「ふむ……やはり現代には居ない種の……しかし、なぜこれがここに……?」
ツールがあればもう少し詳しく調べられただろう。だがないものは仕方がない、と、また時期が来たときに調べることにする。
また興味の対象を一つ発見できたのは学者としては嬉しいことだ。
彼、バーナード・ジョンストンはここへ来る前、四大神と民のあり方について調べる為にとある遺跡を訪れていた。
その夜ホテルに帰ると、彼の持つ古い書籍が突然光りだし気がつけばここに居たというわけだ。
知らぬ土地には何度となく足を運んだが、ここはまた彼にとって格別に興味の宝庫だった。シェルターの外壁素材もかなり過去の遺産だったし、この鳥のほかにもまだ見知らぬ生物と出会えるかもしれない。
「ねーねー、せんせー。これ、食べられるかなー?」
「ふむ、古代人は食べていた様だが……現代の我々が食べて旨いと思うかは図りかねるな」
それでもスズカの目は輝いている。
「食べられるってわかれば大丈夫!どんなものでも調理してみせるって!」
「確かに自給自足は大事ですな。特にこういう有事のときには」
生憎と学者先生は料理には精通していないらしく、この鶏肉の調理は全面的にスズカに任せられることとなる。
「ねね、もう解体しちゃっていいのー?」
「ああ、あとで骨だけでも分けて貰えればありがたいところだ」
本当ならば生きている個体が一番ありがたかったのだが、襲ってきたということはかなり獰猛な部類なのだろう。そもそも生物は専門ではないし、だからこういう形であっても絶滅したと思っていた種に出会えただけ良かったと思うべきだ。
「お!ここはツールが使えるみたい!!もっと早く使えれば未知の食肉を色々と解体できてたのにー……もぅ」
……どうもここに来るまでに、彼女はこれ以外の生物にも出会ってきたようだ。バーナードが彼女の巡り会わせを羨ましく思っていると、スズカは青く光った宙から両手に包丁を取り出し構えている。
「よぉーっし!いっくよー!秘技!三舞颪ーー!!!」
宙から羽毛の雨が降ったかと思うと、作業台の上のまな板の上には綺麗に切り分けられたピンク色の肉が積み重ねられていく。
「ほう……なかなか面白い技だ。興味深い」
「ん?だってこれでご飯食べてるからねー!手は抜かないよー!」
解体は順調だったが、中からは奇怪な物が発見された。この鳥には電子チップの破片らしきものが埋め込まれていたのだ。
「ぬー。これは食べられないからいらないなー。せんせー、いる?」
渡されたチップがどういうものなのか、これもまた専門外だが、もしかするとここに居る人たちの中に詳しい人がいるかもしれない。バーナードはそれをポケットチーフに丁寧に包み、胸ポケットにしまった。
「ちょっとお肉ぱさぱさしてるなー。スープにしちゃったほうが良さそうだねー」
そして早速調理にかかっているらしい。
「そうか、出来上がりを楽しみにしているよ、お嬢さん」
「まっかせといてー♪」

……シェルター民たちがこの未開の肉のことを全く知らずに食事をするまで、あと数時間。

 

 

どこかの階で爆発でもあったのだろうか。
突然の轟音と光に包まれたかと思うと、屋外に居たのである。
ただ、そこは見知った場所ではなくビル郡の面影など全くない廃墟だった。
「リズ、リズ!生きてる?」
ぺちぺちと軽く頬を叩いてみる。ほどなくして彼女はゆっくりと目を開いた。
「ん……」
「よかった気がついて。なんかツールのほとんどが使えなくなっちゃってて……ここどこなんだろうなー……」
マルロはちょっとおどけて体のあちこちを確認する動作を見せるが、リズは空ろな瞳で辺りを見回している。
「ごめん。このへん探してみたんだけど、ぼくら二人だけみたいだ」
フィオのことを探していると思いそう言ったのだが、どうも彼女の様子がおかしい。
「―――お前はこの娘をどう思っている?」
顔つきも、声も、リズとは違う。
「だれなの、きみは」
「少なくともこの娘の中に、お前に対する敵愾心はない。お前はどう思っている?」
「きみはどうなの?ぼくの敵なの?」
状況が良くわからないが、ふと以前フィオに聞いた事を思い出した。三人だけの秘密だと言われている事だ。リズが発見されたとき、彼女は水晶のようなものの中に居たらしい。
もしかしたらそれと関係があるのだろうかと漠然と思った。
「敵ではない……少なくとも、今は。信じるかどうかは……お前に託す」
「きみはリズでは……ないんだよね?」
「ああ、彼女を封印するときに少しだけ私の"魔力"を紛れ込ませておいた。時間がない。魔力が切れる前にお前に託したいことがある」
そういえば、リズが誰かに何かを託されている気がするようなことを言っていた。きっとその魔力がそうさせていたのだろうとなんとなく理解した。
「託すの、リズじゃなくていいの?」
「この娘には何もできぬ。いや、彼女にも望みや試練はあるが、それは本人が記憶を取り戻したときに聞いてくれ」
「よくわからないけど、ぼくでいいの?」
根っからの人のよさがマルロにはある。だから、人から頼まれるとよほどのことでない限りは嫌とは言わない。それが、いい事か、悪い事かはさておき。
「ああ。どうしても、この力が、お前たちの世界の崩壊を止めるのに必要なのだ。だから、お前が力を受け継いでくれ」
彼女の言葉に違和感を覚える。
「えっ?これってもう崩壊しちゃったんじゃないの?」
「まだ、崩壊の始まりに過ぎない。そのままでは人は絶滅する。とにかく、この娘の左目にある遺電子を封印してある。それをお前に移す。それだけでいい」
「必要なことなんだね?なら、うけとる」
そのマルロの言葉と同時に、ゴゴゴゴゴと地鳴りがした。砂煙と共に……獅子の頭とヘビの尻尾を持った巨大な山羊が現れたのだ。
「なっ、なに?なに?こんなの見たことないんだな!!」
何とか追い払えないかと火炎放射を試みるが、ツールが動かない。
「東に走れ。しばらく行った先にシェルターがあるはずだ。おそらく彼らが助けてくれる」
「誰か、いるんだね。うん、わかった」
少なくとも話の相手に悪意は感じないので素直に応じることにする。

 

 

「貴様!この部屋を勝手に使うとは何事だ!」
見張り塔に凛とした少女の声が響いた。
「……」
ひげ面の男はベッドに寝転んだまま一瞬そちらに目をやって……だるそうに窓のほうを向いた。
「あっ!こら!シカトするでない!!この部屋は私が前々から……いや、私が使うと決まっておったのだ!」
「……おまえが勝手に決めたんだろう?」
「私はこの世の覇王になる者だ!覇王たるもの、住まいは天上に近いところと相場は決まっておる!」
あまりの少女の見幕に起き上がり、なにやらだいぶめんどくさそうな相手が絡んできたな、とアロエベラはぼさぼさの頭を掻く。
「別に俺はどこでも構わない。あんたがここがイイと言うのなら俺は他に移動する」
「まて。何故ここを選んだ?」
移動すると言っているのだからそれで納得すればいいものを、この少女は余計な詮索を入れてくる。馴れ合いはできれば避けたいのだが、この手の人間はしつこいのが相場なので厄介を避ける為に無難に答えておくことにする。
「ここなら誰かが来てもすぐに確認できる。エスメレーやスズカのように変な生き物に襲われるヤツがいたら助けてやれるだろ?」
それを聞いて、少女はうんうん、と腕を組んでおおげさに頷いている。
「そうか、そなたも私と同じ考えであったか。ならばここはそなたに譲ろう」
「……なんだ。天上に近いところじゃなきゃ駄目なんじゃないのか」
どうにも変に自信過剰であっけらかんとしている少女に、思わずツッコミを入れた。
「ふ……うぬを気に入ったのでな。特別に譲ってやらんこともないと思ってな」
「は?」
間違いなく、アロエベラの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいただろう。
「見張り役に任命するといっているのだ!」
「……はいはい、ありがとうございます」
反論するのも馬鹿らしくなったので、腑に落ちない顔のまま適当にあしらった。が、次の言葉を聞いてさらに唖然とすることになった。
「うむ、はいは一回で良いぞ?これでうぬはこのユリカ・ユリリエストの一番の部下となった。光栄に思うが良いぞ!!」
少女は腰に手を当て、ふんぞり返って満面の笑みを浮かべている。
本来鋭いはずのアロエベラの目は、面倒なことになった……と泳ぎっぱなしになっている。彼女と視線を合わさぬよう窓に目を向けると、向こうの方に砂煙が見えた。
「……なにか……いるな」
「む?」
さすがに異変に気がついたらしく、ユリカも窓に同じように張り付いた。砂煙の向こうに大きな影が見える。
「生物のようだな」
「ああ……だいぶ暴れていないか?」
アロエベラもユリカも遺電子を入れていないため、まずはこのシェルターの中で武器を確保しようということになった。
「武器を手に入れたら、あんたは皆に知らせてくれ。俺は先に様子を見てくる」
「ほう、斥候に行くと申すか。よかろう、死ぬなよ」
「……こんな所で死んではいられない」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
アロエベラのつぶやきはユリカの耳には届いていない。まだ、死ねない。何もできていない。
彼の目にはあの日のような赤い炎が灯っていた。

 

 

「大丈夫か!!」
砂煙の向こうから男の声がした。
「生きてる!」
逃げた。ひたすらに走り、建物が見えたのでマルロは言われたとおりに逃げながら救援を待っていた。どうにも大丈夫そうではないので、とりあえず無事だけは伝え、声のほうに向かう。
「なんだ……コイツは……」
この砂煙の原因がコイツなのは確かだろうが、それにしても有り得ない化け物が目の前に存在している。
「どうみても、キメラとかいうやつだよねえ?」
こちらにトテトテと走ってきた小さなドワーフはあせる様子もなくのんびりとした口調で後ろにキメラを見上げている。
「ここはバーチャルの世界なのか?」
アロエベラはこの世界は事故で何かのプログラムに巻き込まれてしまった可能性が一番高いと思っていた。他の人たちもツールを制限されているようだったし、何か機器が故障したのではないかと、そうであってほしいと思っていた。
「んー。多分違うと思うんだな。これは、現実」
あっさりと否定された。
少し遅れて、白衣の女性がこちらへ走ってくる。
「何があった?コイツはなんなんだ?」
「政府の兵器だとでも言えばいいか。とにかく、今は合成獣を何とかするのが先だ」
政府がこんなものを?確かに、政府がゲーム会社と組んでプログラム管理をしているような話は聞いたことがあるがそれにしても……。
「おーい!おーーーい!」
またあちらから人影が走ってくるのが見えた。
「ひ、人がいると思ったら!!な、な、な……!?」
2mはあろうかという男は、やっと状況に気がついて慌てふためいている。崩壊後、フェルディナントは遺電子の能力が使えなくなっていたのである。再び非力に戻ってしまったことが怖かった。
「……次から次へと……」
ドワーフの一人くらいなら庇えたかも知れないが、更に二人もの保護対象が現れてアロエベラは焦りを感じる。だが、ただ突っ立って見ている訳には行かない。
サバイバルナイフを構えると、彼らを後ろに庇いキメラと睨みあう。
―――ガキィッ!!
襲い掛かる獣の爪をナイフの刃で受け止めようとしたが、とんでもない馬鹿力に圧倒され左腕をえぐられた。が、それと同時に体をひねってナイフを前足につき立てた。
―――キィン!
こちらの攻撃は、皮膚すら傷つけることができない。重厚な鎧のようにはじかれる音だけが響く。
再び襲ってくる爪をなんとか交わしたものの、即座にもう一方の前足がサイドから迫ってくる。
(まずい!!!)
―――ドスンっ!!!
鈍い音がした。ゆうにアバラくらいは持っていかれただろうか。
「HAHAHAHAHAHA!まだまだ鍛え方がたりないんじゃないかあ、アロエベラさん!」
ゴリラが。ボディスーツに身を包んだゴリラが爪を受け止めている。
「ヒーロー……なのか?」
「そんな改まらずとも、スッパさんと呼びたまえ!同じ屋根の下に暮らす仲間ではないか!」
白い歯を輝かせスーパー・ヒーローはこの状況をも楽しんでいるように見える。それを意識したのかフェルが覚悟を決めた。
「世界が変わってから、遺電子を使えている人初めて見ました。だから、きっと、僕も!!」
フェルの体が青く光る。彼は恐怖を押し殺して、ヒーローが受け止めたのとは逆の足を怪力で必死に抑える。
「え?使えるの?ここ、電波とおってるのかな、かな?」
マルロもそれに乗っかる形でツールを起動する。青く光ったバーナーの炎は、尻尾のヘビの動きを封じている。
(どうする……刃物はまるで役に立たなかった)
その様子にアロエベラだけが成すすべなく立ち尽くしている。左腕からは血が溢れ、少し意識が朦朧としてきた。
「……お前は……。なるほど、その刻印が……使えぬことはないが、さて」
隣に居た女性がなにやら彼を見てつぶやいている。
「ヤツに勝ちたいか?」
「……ああ」
男の頭には今は家族のことはなかった。ただ、現状の打開のために。今、死なない為に。
「一つだけ約束してほしい。お前はその力に、理性で勝たねばならない。そうせねば、お前はいずれまた自我を失うことになる」
「また……?」
疑問への返答を待たず、アロエベラの手首の赤いヘビが光ると深紅の炎に包まれた。握った拳は鉱石のごとく硬く、力がみなぎってくるのを感じた。
体についている山羊の頭が雷を帯びているのが見えた。
「我が一番の配下よ!今日は貴様に花をもたせてやろう!!」
声と共に現れた少女が山羊の頭に……竹箒を打ち込んでいる。
「そなたらにはただの竹箒に見えておろうな。だがしかしこれは我が養母より伝授されし秘術、『武器扱い(オール・マテリアライズ)』!!その威力とくと見よ!」
「いいから、おじさん!はやく!!」
キメラがひるんだのを確認して、ユリカの台詞をさえぎるようにフェルが叫んだ。
「……俺はまだ34だ!!」
静かに鋭く、獅子の眉間に数発。鉄の拳を打ち込んでやった。アロエベラの炎が消えると同時に、キメラは地面に崩れ落ちる。
「我々の勝利だな。お主たち、よくやった!」
なぜかユリカが勝ち誇ってふんぞり返っている。
「なんでアンタが一番くるのが遅いんだ……」
「武器を探すのに手間取ってな。だがかわいい部下のために、いの一で他の配下を使わせてやったのだぞ?それに言うではないか、真の覇者は遅れてやってくると」
そんな二人の様子を見てほっとしたのか、フェルはその場に座り込んで天を仰いでいた。
ヒーローは物足りなそうにその場で正拳突きをはじめている。
「談笑している所を申し訳ないが、私には時間がない」
そんなマイペースな一団に白衣の女史が割って入った。
「そうだった、まだ、きみが誰かも聞いてなかった。リズとはどういう関係なのかな」
パワードスーツについた砂を払いながらマルロが女性に質問している。どうにも引っかかる言いまわしに他の者たちは疑問を抱く。
「どういうことだ?」
「んとね、この子はリズっていうんだけど、どうも今はそうじゃないみたいなんだな」
ますますもって混乱を招く言い回しだった。ただ、教団的なものの考え方をするフェルだけがその言葉を理解した。
「先祖返りとか、物憑きみたいなものですかね?誰かが憑依しているような」
「私はセトという。いうなれば、古い神だ」
「セトって……勇者の伝説やシエルクルールの神話に出てくる風の神様ですよね?」
フェルはそれなりに神話にも精通している。母であったり、教団の人々によくおとぎ話として子供の頃に聞かされたものだ。
「にわかに信じがたいことだと思うが真実だと思ってくれるとありがたい。この娘は、お前たちの世界より二千年程前の世界で封印された。逆に私はお前たちの世界から数十年後の世界より二千年前に行ったのだ」
「タイムワープみたいなもの?」
現代ではまだ確立されていない時間軸の転移だが、もしかするともうすでにその技術は整っているのかもしれない。それが数十年後なら尚更実現している可能性は高い。
「未来の技術や知識は確かに過去の人間には神のように見えるのかもしれないな……」
卵が先か、鶏が先か、という言葉を思い出してアロエベラは考え込んでいる。
「セトさんはこの時代にこうなることを知っていた、ということですよね?」
「まあそういうことだ。すまぬ、そろそろ魔力が切れそうだ。一つだけ言わせてくれぬか」
フェルが核心を突きかけたが、本当に時間切れのようだ。
「この娘は、かつて暗黒竜とよしなになった勇者の曾孫、リゼルヴァ・カルドラフィカ。対暗黒竜の切り札といってもいい。ヤツの弱みゆえな」
「ええええっ!?シエルクルール伝承にでてくる勇者の子孫って本当にいたんだ!?」
「それはセト神がこうやって話している時点で疑うべきじゃないですかね……」
純粋に驚くマルロと客観的で冷静なフェルの反応は大分対照的だ。
「本人はそのことを忘れている。私が忘れさせた。だが、必要なときが来るかも知れぬ。……それでも、無理やり押し付けられた責務があまりに不憫だったのでな。その世界でくらいは普通にさせてやりたかった」
「もう十分普通じゃなくなってるよ、たぶんね」
マルロが真剣な顔で訴えた。友人として、リズの心配を真面目にしているのだ。
「政府が拾うのは計算外だった。すでに私の知っている状況とそちらが変わってしまっているのだ、すまない」
「か弱い女子が全世界を背負うのはさすがに私でも気の毒に感じる……。できれば力になってやりたい所だ」
「……ヒーローさん、真面目な発言もできるんですね……」
フェルの感想ももっともではあるのだが、今はセトの話を聞くほうが先決だろう。
「こやつに勇者であることを言うも言わないもお前たちの判断に任せよう。お前たちの世界だ。ただ、願わくばこやつに代わって……世界をお前たちに救って欲しい……」
その言葉を最後に、リズの意識が途切れ、気絶したようにふらふらと倒れた。
「おっと!」
それを慌ててマルロが受け止め、介抱している。
「……ふ……ふふふ……ふふふふふふ」
後ろに居た少女が不気味な笑い声をあげていた。
「これこそ転機!!否、天命!!神とやらですら私を覇者に選んだのだ!!」
ユリカの言葉も、あながち冗談とは笑い飛ばせない。現に世界は崩壊して不可思議な生き物が存在しているのだ。自分たちが打破せねば人は息絶えるかもしれない。
「今の話を信じるかどうか、からだがな……」
「リズは悪い子じゃないよ」
マルロは気がついている。このシェルターの付近に来てから、『拘束の遺電子』が働いていないことを。だから、今のが政府の仕業だとは考えにくい。
むしろセトという人は、あのキメラのことを敵のように言っていた。だからもしかすると政府に私怨のある人なのかもしれないし、本当に世界のことを救いたいだけなのかもしれない。
「このことはまた、少し落ち着いてから話そう。私たちの他に話すかどうかも考えなければならないし。あのシェルターにはもしかすると政府の関係者とかも居るのかもしれないしな!HAHAHAHAHA!」
脳筋かと思えば、案外このスーパー・ヒーローという男はキレモノなのかもしれない、と一同は思う。
彼らはヒーローの言うように、一度シェルターに戻って情報を整理することにするのだった。

 

 

娘は眠っている。
意識の中で、金髪のエルフが何かを言っている。
(……過去の世界?……暗黒竜?……リゼルヴァ?)
かんざしの歯車が、キリキリと回っている。その音は克明に響いているのだが脳裏に描かれたのはやたらと鮮明な……夢にしては妙にリアリティのある風景だった。
エルフはなんとなく母に似ている気がした。優しくも厳しい雰囲気の、神秘的な人だ。
夢の終わりに……リズを託された。まだふんわりした意識のままゆっくりと目を開けると、そこは知らない部屋で、そういえば光と共にどこかへ飛ばされたことを思い出した。
「リズとマルロ……どこにいってしまったのでしょうか……」
フィオレンティーナは真っ白なベッドの上で、自分が空白になったように少し心細くなる。
するとドアをノックする音がした。
「あ、気づかれたんですね、よかった!」
赤茶の髪をした可愛らしい少女がひょっこりと現れた。
「どこか苦しいところとかないですか?倒れていらしたみたいでしたから……あ、私はお世話させていただいただけで、助けたのはシェイラさんっていう女騎士さんなんですけど……」
「メディックが世話になってちゃ仕方ないですよね……どうもありがとうございます、ええと、お名前は?」
「わわ、お医者さんなんですね。私、エスメレーっていいます。一応学生です」
「私はフィオレンティーナ。医者って言うか、どちらかといえば助手なのだけれど……カウンセリングとか、ちょっとした治療が主なんです」
女性の物腰穏やかな笑顔に、エスメレーは素直に綺麗な人だなと思った。
「なに?」
あまりにじっと見つめていたので、彼女は微笑んだまま首をかしげている。
「あ、いえ、すみません、綺麗な人だなって思って」
「ただのエルフの特権であって私が元から綺麗だったかはわからないですよ。エスメレーさんのほうがずっと可愛らしいです」
あまりそういうことを言われなれていないので、エスメレーは恥ずかしくなった。そして、恥ずかしくなったことで、大事なことを思い出した。
「あ、あああ、そうです!大事なことが!ここに、ちょっと長い髪がぼさぼさでガタイのいいハンサムな男の人がいるんですけど」
ガタイがいいだけなら、スーパーヒーローも当てはまってしまうので、なんとなく感じたままの特徴を付け加えた。
「その人、ローゼンガルドの王子様なんです。リゼルヴァ・サイドスター・ローゼンガルドっていう第二王子様なんですけど……」
「サイドスター卿が?」
「ご存知なんですね、私、初めてお会いしたんですけど……その……」
そこで少女は少し口ごもった。シェイラからの伝言を伝えればいいだけなのだが、より具体的に伝えたほうがいいのかもしれないと思ったからである。
「……ものすごく手が早い人で……その、私ですら、急にキスしてきたり、お尻触ってきたりするから、その……き、気をつけてください」
「ああ、あの人はですね……。うちの研究所にも来たことがあったのだけど……」
そこまで言ってフィオはハッとした。研究所の話を出しても何も引っかからない。通常なら、声が出ないところだ。拘束が解けているのだろうか?
ひとまずは、政府を警戒してその話題をうやむやに終わらせることにする。
「とにかく、気をつけますね、ありがとう」
「何かあったら、すぐシェイラさんに言ってくれっていってました。シェイラさん、ものすごく意地っ張りなんですけど、あれきっと王子様が大好きなんじゃないかなあって思うんです」
そういいつつ、エスメレーも内心はドキドキしている。男の人から突然キスされた挙句、その気なら抱いてやるぞなどと耳元で囁かれたのだ。
「はい、そうさせて頂きます。心強いですね」
「あ、あと……多分フィオレンティーナさんもここで当分過ごす事になると思いますので、何かあれば私に聞いてください」
「フィオ、でいいですよ。それは帰れない、ということでしょうか?ここはどこなのですか?」
確かに、ここにたどり着くまでに少しばかり廃墟と砂漠のような場所を歩いて来たことは覚えている。もともと少しショックを受けてヨロヨロして居たのだが、この建物の寸前で力尽きたのである。
「ローゼンガルドのどこかだとは思うんですけど、検索機能が使えなくて……でも、一部のツールが使えるだけでも、まだありがたいんですけどね」
少女は自分がここに来た経緯や、この付近でしか遺電子が機能しないらしきことをフィオレンティーナに詳しく話した。
「成程……あの、連れが二人ほど居たのですが……ご存知ありませんか?」
リズとマルロの特徴を伝え、一緒に居たのだがと尋ねてみる。
「それなら先ほどスッパさんたちと一緒に帰って来た人たちかも知れません。こちらにお連れしますね」
ゆくゆくは顔を合わせるとはいえ、弱っているときに王子に会うのは疲れるだろうと考えて、エスメレーは二人を呼んでくることにした。

硬いソファのリビングに、キメラとの戦闘を終えた面々が帰ってきていた。他の人たちは自分の部屋へ戻っているのだろう。
「ごめんなさい。いろいろご迷惑おかけしたみたいで……。それも気絶してたなんて……」
白衣の女史は先ほどの落ち着いた貫禄ある低い声ではなく、思ったより甘ったるく子供っぽい口調で謝っている。その腰の低さに、一団は先ほどの高圧さとのギャップを感じずにはいられない。
「HAHAHAHAHAHAHA!!迷惑だなんてとんでもない。皆同じようにここにたどり着いたんだ、気にせず楽しくやって行こうじゃないか!!」
一応の自己紹介は済ませたものの、先ほどのセトの話で彼女をどう扱っていいかは各々決めかねている。
「飛ばされたときのショックもあったんだろう。まあ、無事で何よりだ。俺はこれで失礼する」
「ほ、本当にすみません。ありがとうございました……」
眉を若干ハの字にして子犬のような瞳をしているリズを横目に、はーっとため息をついたユリカが活を入れる。
「お前、自分のせいでこやつが不快に思っているなどと思うでないぞ。この男は一人が好きなのだ」
「リズ、これで結構人見知りなんだな。だから、仲良くして欲しいんだな」
小娘と小人にじっと見つめられ、また不安そうなリズを見て、アロエベラもまた、深くため息をつく。
「わかった、わかったから気にするな。俺は人の多いところが苦手なだけだ……」
これなら、まださっきの高圧なほうが扱いやすかったと思いつつも、アロエベラも根は人情家ではあるのでそう答えざるを得なかった。
「あの、リズさんとマルロさん、でしたよね?」
「そうだよ!」
気がついたばかりのリズに変わって、マルロが両腕を上げて元気良く返事をした。
「えっと、フィオレンティーナさんがお二人にお会いしたいと……」
「「えっ!?」」
二人が同時に驚きの声をあげた。エスメレーに案内され、部屋の前に誘導される。
「では、私はこれで。水入らずでお話してください」
「うん!ありがとう!エスメレー!!」
―――カチャリ
「リズ!マルロ!」
「よかった……フィオも無事で」
「フィオ~~~探したんだな、だな!」
フィオレンティーナの顔に、ようやく本当の笑顔が戻った。いつからか作り笑いばかりが上手くなって、こういう気持ちを忘れかけていたのかもしれない。
リズのほうも先ほどの不安そうな顔が一転、少し安心したようで笑みが浮かんでいる。
血こそつながっていないが本当の姉妹を見るようで、マルロは自分のことのように嬉しくなった。
三人は互いの無事を喜び……だが、マルロとフィオはなにやらお互い言いにくそうな様子でリズに気づかれないように目配せしている。
先ほどのキメラの戦闘のこと、ここでの王子のこと、それぞれ結構な時間たわいのないことも含めて話し、やがて解散して割当てられた部屋に帰った。

 

 

全員が一堂に会したのは夕食時だった。
「さすがにこの人数になるとちょっとテーブルとか足りませんね」
「向こうの部屋の作業台こっちに持ってくるか」
まずはリビングのセッティングからになってしまった。それでもなんとか備品で体裁を整えて食卓らしくはなった。
「ふふふーん♪だって、部屋で食事とかそっけないじゃんー?」
猫耳娘が鼻歌交じりで楽しそうにシチューの鍋を持ってきた。
「鳥、結構大きかったから量も人数分ありそうで良かったよ~♪」
貯蔵庫には乾物やイモなどの根菜、発酵食品、小麦粉、水、缶詰、調味料などそれなりの食材があったが、この任数なら半年分といったところだ。これからまだ人が来るかもしれないのでできる限りは確保していかなければならない。
皆が席に着くと、猫耳のコック長は鍋から皿に手際よくとりわけていく。トマトのいい香りがした。
「ホントはもっとじっくり時間かけたほうがいいんだけどね~。でも、おいしいとおもうよ~!」
たまねぎをあめ色にいためて、トマトをあわせてベースにした。牛肉ではないので少しコクは足りないが、それでも野菜の甘みと一度焼いた鳥の香ばしさが引き立つ自信作だ。
パンもしっかりと手作りで用意した。石釜と天然酵母はバーナードの知識が役に立った。辺りの岩を上手いこと積み上げ焚口をつくりその上に大きな平らな石を敷いて、周りに高温にする為の釜を作った。
酵母はレーズン缶を利用して1週間ほど寝かせただけのお手軽なものだが、焼きあがったパンは香ばしい香りを漂わせている。
「これでサラダがあったらもっといいんだけどなあ……」
むう、とスズカが小さなため息をつく。いもやにんじんはシチューに入れてしまったので、ポテトサラダというわけにも行かず、やはりこうなると葉物が欲しくなる。
「種などがあればここで栽培するのも良いかもしれないな」
現物をどこかから手に入れられれば良いが、今のところこの付近にそういった場所の当てがない。なんにしても、いつまで食料が持つかわからないので、自給の手立ては考えねばならないというのがバーナードの論だ。
皆が、シチューをおいしいと賛辞している中、スズカが気になっていることを切り出した。
「ねー、さっきキメラを倒したっていってたよね~?獅子と、山羊と、ヘビの肉が一度にとれるってすごいことだと思うんだけど、食べられるのかなー?」
それを聞いて固まったイクスがおそるおそる言葉をつむぐ。
「もしかして……この肉もモンスターのものだったりするのか?」
「うん、外で捕まえたよー」
あっけらかんとした娘の当たり前のような様子に、一同は眉間にしわを寄せるが、意外な人物がそれを肯定した。
「食えるものは食え。そこの初老の学者が品定めしたんだろう?ならば問題あるまい」
「王子……彼はまだ初老前ですよ」
シェイラが軽くフォローしている。王子は余計な一言が多いので敵を作りやすいのだ。
王子と逆に、手をつけるのを止めてしまったのがリズだった。その反応にフェルディナントが口を開く。
「リズさん……やっぱりあれらの生物は政府が作った悪魔だっていうのは本当なんですか?」
リズたちが何の研究をしていたかまでは知らないが、政府の施設であるインペリアルパレス……通称ブラックタワーから来たということだけは聞いていたので、セトの一件は伏せたままその真意だけを問いただす。悪魔というのはあくまでもフェルの見解でしかないが。
「混成までされているとは思わなかった……遺電子の複数保持の可能性はあったけれど、まさかそれを本当にやる人がいるなんて……」
先程の戦いの後、彼女は目を覚まし状況を聞いてキメラの遺体を目の当たりにした。おそらく、彼女が研究所で世話をしていた個体の集合だったのだろう。それぞれについていたタグの番号を確認したときの悲しげで苦い顔が印象的だった。
フェルのカマかけはある意味成功したといえる。少なくともリズは直接ではないにしろあのキメラ生成の一端を担っているのは確かそうだ。
「んー。まー。好き嫌いは誰にでもあるもんね!えっと……リズちゃん?には特別に試作品の石釜ピザ出しちゃうんだから~!おいしく食べて、元気だそー?」
重くなり始めた空気を、包丁の一閃のように一気にスズカがなぎ払った。リズは素直に頭を下げている。
「ありがとう、スズカさん」
フェルもさすがにその空気を読んでそこでのそれ以上の発言は控えることにした。
一同は温かい料理とスズカの根っからの明るさに包まれ、楽しい食事をすごすのだった。