赤のシナリオ 世界観ノベル
「ある青年の悲劇」
◇
シエルクルール暦2656年、人々は遺伝子に変わる「遺電子」なるデジタル融合プログラムによる補佐を受けて暮らすようになっていた。
現代のスマホやPC、タブレットといったものが人間の体内に「プログラム」として存在し、また一部身体機能を飛躍的に上昇させるブースターが備わっている。
家電、交通通信などあらゆるものは、人を介して逆にエネルギーを与えられることで稼動するようになったのである。
遺電子の稼動には「リレーポイント(中継点)」とよばれる特殊な電波が必要で、それを半永久的に作り出すシステムを政府は作り出した。
これはそんな世界のある青年の、ある「日常に起きた非日常」を描いた物語である。
◇
いつもの帰り道。
「なあ、今日もブラックゲート・サガやろうぜ!」
ブラックゲート・サガというのはネクストヘブンズ社で開発された「リアル体感型MMORPG(大人数が 一度に同じサーバーにログインして,同じ空間を共有して遊ぶタイプのオンラインゲーム)」の名称の一つだ。
学生の間で非常に流行している今時のゲームで、武器や魔法を駆使してモンスターを倒す、スタンダードな冒険ではあるが、モンスターのクオリティやシステムの円滑さ、エンドコンテンツの豊富さでリリース以来、根強い人気を誇っている。
現代と違うのは、それが2Dではなくリアル体感型として、電子世界で自らが動けることにある。
そんなゲームを、彼、アサトは友人たちと毎日のように楽しんでいた。
はずなのだが。
「は?」
「なんだそれ?」
友人からのおもいがけない返事に面を喰らってしまった。
「新しいゲームか?」
再度確認されることで、我に返ると、いつもの冗談の馴れ合いだろうと応答する。
「は、冗談だろ?昨日もダークドラゴンの討伐にいったじゃん。今日はどうする?魔人の塔にでもこもるか?」
アサトの言葉に友人たちは怪訝な顔をして首をかしげている。そして逆に聞き返された。
「なあ、俺たち昨日は”グランオーバー”やってたよな?」
グランオーバーもMMOPRGの一つであるし、アサトも実際にプレイしたことがあるのは確かだ。しかし早々に飽きてしまい、それから全く手をつけていなかったのだ。
他の友人たちを見回しても、アサトがおかしなことを言っているような表情でこちらを見つめている。冗談にしては演技にリアリティがありすぎるし、そんな小細工をできる連中でもないのは知っている。
「で、それなんなんだよ、お前さては俺たちに内緒でこっそり一人でベータテストしたんじゃないのか?」
絡んでくる友人たちに、罪の色は全くない。自分が夢を見ていたのだろうか。そんな風にすら思えてしまう。
いたたまれなくなり、ふと道路脇の空き地に目線をそらす。いつの間にビルがつぶれたのだろう?
「なあ、ここって何のビルだったっけ?」
友人の問いに答えることなく、新たな疑問を口に出した。
「ずっと俺たちが生まれたときから空き地だったじゃないかよ、なんでも地主が絶対誰にも譲りたくないとかでそのままになってるって噂」
「アサト、お前今日なんか変だぞ?」
間違いなく、ここにはかなり羽振りの良さそうな黒光りしたビルが建っていたはずだ。けれど、やはり友人たちの反応は妙にリアルで、額からいやな汗がにじんできた。不安感がじわじわと募ってくる。
「ご、ごめん、先帰るわ」
いてもたってもいられなくなり、走り出す。おかしいのは俺、俺なのか?
「セキュリティロック解除、この家の住人であることを確認いたしました」
いつもの無機質な声。強化ガラスのドアをくぐる抜けると、一目散に自分の部屋へと駆け上がった。
「あった!」
ブラックゲート・サガのパッケージを手に取る。見ろ、やはり自分は間違っていなかったのだ。一気に全身の力が抜けた。と同時にパッケージのメーカーロゴに付いた企業シンボルを見た瞬間、記憶がよみがえった。
そうだ、これはあそこのビルにあったシンボルだ!!
倒産?移転?……一抹の不安を覚え、宙に電子ウインドウを開く。光る画面が現れると、検索画面に”ブラックゲート・サガ”と入力する。
「……」
今度はネクストヘブンズで検索をかける。なぜだ、ソフトはここに存在しているというのに、何一つ検索に引っかからない。
靴紐も締めないまま、走ってきた道を同じようにいやな汗を纏ったまま駆け戻っていく。
空き地。
やはり、建物は立っていない。
道路と土地の狭間。電子バリケードにほんの少しの隙間があった。躊躇することなく、その隙間を抜けて土地に進入する。
「!!」
突然、爆発音と熱風と真っ白な閃光に包まれた。
あまりの衝撃とまぶしさに目を開けていられず、その光から開放されたときには……。
灰色の世界に立っていた。
あたりは廃墟と化し、人ひとり、車一台見当たらない。だが……。
「ネクストヘブンズのマーク……」
瓦礫の欠けた破片のなかに、それらしき模様が見えたのだ。だから、ここはさっきまで自分が立っていた場所なのだろうと思う。爆風で地面から破片が出てきたのだろうか?
「と……とりあえず誰か居ないのか」
お化け屋敷に放り込まれた子供のように、怯えながらあたりを見渡す。
パラパラ……
瓦礫の山から砂利が転がる音がした。
瞬間。
グワアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!
瓦礫が崩れ落ち、砂煙が上がる。そこに映し出されたシルエットは巨大な獣のようだった。
「な……なんだよあれ……」
砂煙の中で、赤く光っているのは両の目か。明らかに、こちらを標的に定めている。
「お、おい、何かの冗談だろ……」
後ずさりしようとして、後ろにしりもちを付いた。脚がすくんで動けない。
砂煙が徐々に薄くなると、その影の主が姿をあらわにした。
「……キメ……ラ……?」
夢であってくれればいいと、願った。
けれど赤い瞳は彼を逃すことはなく、その色を移すかのように破片に描かれたマークが朱に染まった。